玉里鎮

玉里鎮は花連県南東部にある花連県第3の都市です。人口は2万5千人ほど。昔から阿美族や布農族などの原住民が住んでおり「ポシコ」と呼ばれていたそうです。その後「璞石閣」という漢字を当てられたそうですが、日本時代に玉里に改名されました。璞石とは磨いていない石という意味らしいです。

玉里中心街にある円環交差点です。台湾には結構円環交差点があります。その大半は日本時代に作られたようです。後藤新平氏が導入を勧めたのではないかと勝手に思っています。

駅から駅前広場と駅前通を望む。

 

玉里駅

玉里駅は台鐵台東線の1等駅です。1917年開設。もちろん日本時代の開業。当時は台湾東部を代表する都市の一つでした。最近改築された立派な駅舎です。

ホームは2面3線で1ホームと2Aホームの間には中線もあります。

普悠瑪列車や太魯閣列車も停車します。これは太魯閣列車です。 日立製作所製TEMU1000型振り子電車です。

玉里神社跡

玉里駅の西方に玉里神社跡があります。終戦後台湾の神社は全て廃社になりましたが、石造りやコンクリート造りが多かった神社の本殿拝殿などの多くは破壊されず残されていました。ところが1972年に日台断交が行われると残された施設の大半は壊されました。幸い鳥居は破壊されずに残されたところがあります。

 

一の鳥居と石段。上ったところからの俯瞰。鳥居が民家に飲み込まれているのがわかります。どういうことなのか・・・

上がったところに二の鳥居があります。鳥居には昭和11年8月吉日とあります。手前に忠魂碑あともあります。参道の真ん中に大きな木が生えています。70年の時の流れを感じます。

 

整備された参道を上がっていきます。玉里神社で行われた結婚式の写真が展示されています。今で言う本省人の結婚式の様子です。花嫁はウェディングドレスを着ています。

広くなった場所があり、ここから玉里市街が見渡せます。

 

石灯籠もたくさん残されています。本殿と拝殿は粉々に破壊されています。

神社跡を大切にしてくださっている玉里の方々に感謝いたします。